「南瓜」 200506.22

遂に実がついた。一個だけど・・・
聞いた事はあったけど今回初めて南瓜の花を見た。花は雄花と雌花があって雄花は普通なんだけど雌花は花の下に実の元みたいなのがあって、受粉するとそれが大きくなり始める。
最初、雄花も雌花も沢山あったから、いっぱい出来たらどうしようとか、美味しく出来たら誰かにあげようとか、あんまり沢山実がついてると大きく美味しくならないから間引きして良い物だけ残そうとか、いろいろ考えていたのに実際出来たのは一個だけ。
まさに獲らぬ狸の皮算用状態になってしまった。まぁ一個だけでも出来たから良いとしなくては・・・。
その代わり良い南瓜になりそう。
長年生ゴミを少しづつ捨てていたから土は良さそうだで、南瓜の芽はビックリするほど伸びてるし養分は十分ありそうだ。
この調子で育っていけば7月初めには美味しい煮物になってくれるだろう。


「梅干」 2005.06.18

毎年この時期になると、梅蜜煮、梅酒、梅ジュース、梅干などを作る。
その年と仕込む物と梅の産地によって多少時期がずれる。
梅を使った物は出来上がるまでに時間がかかるものが多い。
梅蜜煮、コンポートと言ったほうが分かりやすいかも知れないが出来上がるまでに5日位はかかるし、梅酒は早くて3ケ月ほど、梅ジュースも2週間だし梅干だって半年ははおいておきたい。梅干は早い人はすぐ食べる人もいるがあずまそで使う時は一年して紫蘇を取り替えてから使う。梅干の不思議は一年ほどたつと塩分が1割ほど少なくなって味が落ち着くので美味しくなる。
そんな梅干を今年は地物で20キロ、紀州の南高梅で20キロ漬けた。
ちょっと漬けすぎた気もするが・・・
出来は一年後のお楽しみ。


「菖蒲」 2005.06.14

最近散歩をしていない。していない間にどうやら菖蒲が満開になっている。
満開と言うより峠をこしたようだ。
今日散歩をしていたご年配のご夫婦の話ではまだ綺麗だけど先週の方がよかったと聞いて遅いとは思いながらも見にいった。
遠くからでも花が咲いているのがわかり見事な感じする。
実際近くまで行ってみたら、まだまだ綺麗に咲いている。よかった〜見に来て。
と思えるくらい綺麗だった。他にも何人も散歩の途中で足を止めてみている人がいて、中には本格的なカメラで写真を撮っている人も・・・。

蓮華寺池公園は花が沢山あると思う。
2月は梅、3月後半からは桜、4月後半からは藤、そして今は菖蒲と紫陽花。睡蓮も咲いたりしている。
そして今からは蓮の花が咲く。蓮は朝早く咲くので写真を撮る人は明るくなり始めるくらいには待ち構えたりしている。
これら綺麗な花は手入れをする人がいるから綺麗に見れる。菖蒲なんかはまだ寒い時期に植え替えをしたり、公園の樹木に消毒をするのは今年は夜9時から12時にする予定だそうだ。
なんとも大変な事だ。せっかく近くに住んでるのだから今年は運動不足解消もかねて散歩をしようと思う。


「裏の畑」 2005.06.12

食べ物商売をやってると必ず出るのが生ゴミ。
野菜の皮、魚の骨など毎日でる。それらのゴミをゴミ箱へ捨てる時もあれば裏の畑へ捨てる時もある。畑と言っても2坪位で家庭菜園だけど。
以前は生ゴミ処理機で土に返していたが家庭用だったから小さかった。
そこで少しだけ裏の畑で土に返す事に。
魚類は猫が寄ってきても困るので捨てないが、野菜はたまに捨てる。そのゴミのなかに南瓜(かぼちゃ)の種が入っていたらしく、先日芽が出てきて伸び始めていた。
実は以前にもこんなことはあった。その時は南瓜ではなくトマトだったのだけれども、芽が出て最終的には実がなり、お惣菜で何度も美味しくいただいた。
実は今回の南瓜も密かに期待している。最低でも一個は出来て欲しい。
トマトの時もそうだったが、完全無農薬で育てたい。
最近の僕の密かな楽しみだ。


「遠出」 2005.06.09

昨日は休みを利用して親方の所へ行ってきた。
僕の最初の修行先は、「女鳥羽そば」
女鳥羽と書いて「めとば」と読む。知らない人はちょっと読みずらいらしい。
僕はここで約4年間修行して、その後東京で修行した。

女鳥羽そばに入った時、修行しているのは僕だけだった。
親方と奥さんと親方のお姉さんがいて、年齢は親子ほど離れていた。
親方と一対一だったのは大変だったが、今考えると有難い状況だった。
女鳥羽そばの親方は蕎麦の修行もさせてくれたし、高校卒業して世間の事が全く分からないままでいた僕に世の中の事もいろいろ勉強させてくれて人として大事な事を丁寧に教えてくれた。
また、休みの日は親方自身が温泉や上高地、飛騨高山など連れて行ってくれた。その時はその事の大事さが分かっていなかったが今考えると、親方や奥さんが休みの日をわざわざ潰して、僕のために一日を使ってくれた事がどれほど大切で意味のあることかが今になって理解できた気がする。
修行中は恐い存在だったが、修行が終わり今となっては松本の父親みたいで好きだ。ただやっぱり少しこわいけど・・・。

そんな親方の所へいってきた。他にも用事があったのだけれども、女鳥羽そばでの修行が終わって6年以上がたっていて、最初はちょっと緊張気味だったが楽しい一日が過ごせた。
修行が終わって奥さんが僕を一人のお店の主人として見てくれたみたいで、時々敬語を使ってくれたが、僕にとっては親方も奥さんも目標とする人たちだし尊敬できる人たち。
今になってこそ分かる部分もあるが、修行先とは本当に有難い。

「鮎」 (天然と養殖と釣り) 2005.06.05
 
鮎は初夏を代表する魚の一つと言っていいだろう。
ただ一般的には馴染みが薄い。
その一つの原因としては手に入りにくい。
スーパーや魚屋さんで見かける事はあまり無いし、値段的にも高くて食べても量が少なくてお腹に溜まらないからお惣菜にもなりにくい。
そんな訳で、家庭の食卓にはあまり縁がないと言えそうだ。

鮎には天然と養殖がある。(鮎だけでなくほかにも沢山天然と養殖があるが・・。)
天然物は我々でも手に入れにくい。数量的な問題と値段的な問題で。
数量的な問題は、昨今、河川の工事や水質の悪化などで鮎の量が減っている。それに加えて鳥が食べて近年では天然の鮎が獲れにくくなっている。

そんな中、6月1日に鮎釣りの解禁になった。
僕の爺さんは鮎釣りが大好きだ。1日には、最近は鮎の量が減って釣れないからとぼやいていたが、4日の日の朝、どうせ釣れないだろうと言いながらも川へ様子を見に。
見に行ったらやっぱり釣りをしたくなり、昼前に緊急出動。昼ご飯も食べずに6時間粘り釣れたのはたったの2匹・・・。
それでも今年の初物。早速僕に焼いてくれとの指令が。

僕に美味しそうに焼かれた貴重な2匹の天然鮎は爺ちゃんと婆ちゃんの口の中へ・・・そこで爺ちゃん一言
「美味しいな〜」
そりゃそうでしょ〜と思いながらも、爺ちゃんの満足げな顔を見て一安心。
81歳の爺ちゃんにとって数少ない楽しみが鮎釣り。
今年も何とか元気で鮎釣りが出来る事によかったなぁ〜と思いつつもう少し釣れてもいいのになぁ〜と贅沢な事を考えた日だった。

「玄関に盛り塩」 2005.06.02

月初めにやることがもう1つ。
店の玄関の両脇に小さなお皿が置いてあり、その上にお塩をもってある。
これって何か分かる人はいるでしょうか?
分かっていたらちょっとビックリ。
実はこれ、商売繁盛を願って置いてある物。
まぁ 一種の「げんかつぎ(験担ぎ)」。
元々は中国の故事からきた説と平安時代の説、その他いくつかあるようだが・・・
中国の故事では皇帝にはお妾さんが沢山いて順番に回っていたそうだがその順番を飛ばして来て欲しかったお妾さんが自分の家の門の前に塩をまいたそうだ。。皇帝は牛車に乗ってやってくるのだが、塩は牛の大好物。
その牛が当然その塩に反応してしまいその家の門から動かなくなってしまった。で、仕方なく皇帝はその家を訪れたというのが始まり。
つまりは来て欲しい人を来させる「おまじない」的なもの。
ただ、今現在中国には盛り塩をすることが無いらしい。

もう1つの平安時代の説は、やっぱり牛車が出てくる。
同じように牛が店先にこぼれていた塩に反応して動かなくなり、仕方なくそのお店に入った。
当時、牛車は高貴な人の乗り物。店の前で牛が動かなくなったのは塩のせいと知らない一般の人々は自分たちがいつも言っているお店に高貴な人も来るものと勘違いし、嬉しくなり生涯その店に通い続けたというで、これが盛り塩の元になったと言われている。

他にも幾つか説があるようだが、そんな昔の事を実際僕が見たわけでもないし直接見た人から聞いた訳でもない。
ただ単なる「げんかつぎ」なのだが、僕は毎月やっている。
今考えると何でかな〜と思うがこれも一種の感謝ということで・・・。

「月初め」2005.06.01

今年も早いもので6月が今日から始まってしまった。
もう頭の中では今年は半分終わって、「もうすぐおせち料理だ〜」なんて考えて
いる。まだ、半年あるのに・・・その位、おせち料理は大変です。

今日は6月1日 水曜日。

あずまその定休日は水曜日だが営業した。
定休日に予約があればお店を開けるというのは、あずまそにとって珍しい事ではなく、一年の間に何日も開ける事がある。
しかも、今日は月初め。
和幸の親方は
「月初めと月終わりはお客さんから予約が入れば休みでも有難く受けなさい」
と、教えを受けたし、実際お店を開けていた。
修行中は休みたいと思う事もしばしば。
親方曰く、「最初と最後の日にお客さんが来るのは縁起の良い事」
今ならその気持ちがよく分かる。だから今日も昼夜営業。
本当に有難い。
それともう1つ、親方に言われやっている事。
毎月1日に神棚に、「榊 酒 米 塩 水」をお供えしている。
僕はさらに大黒様と恵比寿様にもお酒をお供えする。
常日頃、神様や仏様をほとんど信じていないし、宗教にも興味はない。
ただ、何らかの感謝はする。
それによって商売が上手くいくことはないんだろうけど。
それと親にも感謝。五体満足で丈夫なこの体。
親父が49歳で死んでしまってから余計にそう思う。

何事にも人間日々感謝。この気持ちを忘れないようにしたい。